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アルコール依存症じゃないけど、酒をやめたい!

警告

簡単に断酒できる方法をお探しかもしれませんが、このサイトは本気で酒をやめたい方しか読めないと思います。断酒に挫折した時は、また戻ってきてください。

アルコール依存症ではないけれど、何かの理由で酒をやめたいのに、なかなかやめられなくて困っている方へ、何回も挫折している筋金入りの断酒マンが断酒スキルを教えるボランティアサイトです。

2017-1-29追記:
21. 最先端の断酒法「飲む飲む詐欺」とは

1. 私(このサイトの作者)が何の疑いもなくず〜っと信じてきたこと

2. そんな私はどうなったか

取引先でトラブルを起こしました

勤務していた会社がテナントとして入っていた某デパートの飲み会に出席したとき、どういうわけかその日は飲み過ぎてしまい、売場のマネージャーさんにお世辞を言うつもりだったのに、失言をしてしまったらしいのです。

翌日会社にクレームが入って、上司にこっぴどく叱られました。当然ですが、そのデパートの担当から外され、しばらく倉庫勤務になりました。ちなみに、飲み会での出来事はまったく記憶がありませんでした。

交通事故を起こしました

高校時代の友人が、買ったばかりのマイカーを私の自宅まで自慢しにやって来たときのことです。

そのまま私の自宅で祝杯をあげることになり、酒とつまみを大量に買ってきて飲み始めたのはいいのですが、二人で日本酒を一升空けたあたりから記憶がありません。

気が付くと私の自宅ではなく、その友人の家で目を覚ましました。鏡を見ると額から流血しており、体のあちこちが痛みます。

その友人の話では、べろんべろんに酔っているにもかかわらず、別の友人にも車を見せようということになり、友人が運転して深夜に出かけたそうです。

しかし、酔っていた友人は運転を誤り、電柱に激突。シートベルトが義務化されていない時代だったので、シートベルトをしていなかった私は、事故の衝撃で頭からフロントガラスを突き破って道路に投げ出されたそうです。

車は購入してからわずか1日で大破し、友人にはローンだけが残りました。

私は起きてから病院に行ったのですが、額を13針縫うことになり、数十年たってもいまだにその傷が残っています。生きていられたのが不思議なくらいの出来事でした。

会社をつぶしました

思い出すだけで布団を被りたくなるようなエピソードの数々ですが、酒でトラブルを起こすのは2〜3年に1度くらいなので、その時は猛省して節制するようになるのですが、どういうわけか忘れた頃に再びトラブルを起こしてしまうのです。

財布を電車の中に忘れてきたこともありましたし、買ったばかりの携帯電話を失くしたこともありました。

ある朝、二日酔いで目が覚めるとメガネがぐちゃぐちゃに壊れていました。誰か知らない人と喧嘩をしたらしいのです。さすがに自分が怖くなり、「どうしたら良いものか」とネットで調べ始めました。

すると断酒会という組織があることを知り、私の地元でも集会を開いているということでした。一瞬、「なにかへんな宗教団体だったらいやだな〜」と思いましたが、でも「助けてほしい」とすがる気持ちで電話をかけてみました。

集会に参加されている方々は、アルコール依存症による連続飲酒状態になって入院されていた方ばかりで、退院後に再び飲酒しないように週一回集まってお互いをはげまし合っている方々でした。

一度連続飲酒状態になってしまうと、長期間酒をやめていても一滴飲んだだけで、必ず連続飲酒状態に戻ってしまうそうです。

会長さんは私を「まだアルコール依存症で入院歴がないのに入会した方は初めてです」と感心されていました。喜んでいいのやら悪いのやら複雑な気持ちです。

それから断酒会に毎週参加することになり、そこで「酒害」というものを勉強し、アルコールとうつ病の関係やその他の病気との関連性の知識を得ました。

また、先輩方が集会で話される体験談は、布団を被りたくなるような私のエピソードでさえ可愛く思えるほどの壮絶な物語の数々でした。断酒会のルールで口外することは禁じられていますので、ここでお話することはできません。

断酒会に入会して3年を過ぎると、つまり3年間も断酒していると人生に変化が起きてきました。断酒と同時に禁煙したことにも関係があるのかもしれません。

私は40代前半にして、まるで小学生が夏休みの朝、虫取りにでも行くように毎朝飛び起きて暴れまわれるくらい元気になったのです。

エネルギーを持て余した私は、始発電車に乗っていろいろな駅に降り立ち、会社という会社に自分の仕事のチラシをポスティングして歩くようになっていました。

フリーランスとして独立していた私は、長らく鳴かず飛ばずの個人事業主でしたが、あれよあれよという間に顧客が増え、あっという間に株式会社になってしまいました。

しかし、代表取締役になりますと様々な会合に出席する機会が増え、酒の付き合いを避けるのが難しくなります。また、「そろそろ復帰しても大丈夫」という気持ちが心の奥底にありました。

お世話になった断酒会の方々に事情を話し、お礼を言って3年半在籍した断酒会を退会しました。経営者になってからは、前ほど馬鹿な飲み方をすることはなくなりましたが、やはり2年に一度は記憶を無くすくらい飲んでしまうときがありましした。

飲酒の影響なのか、私自身も起業したころの勢いは無くなり、5年で会社は倒産しました。銀行からの借入の連帯保証人になっていたので個人破産もしました。

直接、会社をつぶした原因は酒ではなく、リーマン・ショックで売上が激減したことによる債務超過でしたが、もし断酒を続けていれば、会社の危機を乗り越えられたはずだと悔やみました。

3. 再び断酒を開始しました

私は40代後半にしてアルバイトを転々とすることになりました。しかし、単純作業のアルバイトへ行っても、経営者目線が抜けていない固い頭の私は、同僚や雇い主と現場でトラブルになってしまうことが多々ありました。朝出勤したら、私物を詰めたダンボールと共に突然解雇されたこともあります。

そんなときは、「どうせバイトは一時しのぎ。俺はまた自分のビジネスで復活するんだ!」と心の中で自分に言い聞かせていました。

しかし、何をやってもまったく上手くいかないのです。30歳のときに購入した分譲マンションも人手に渡り、離婚して一人ぼっちになっていた私は、逃げるようにして移り住んだ木造アパートで悶々とした毎日を送っていました。

そんな時に偶然ネットで見つけたのが「アルコールによる脳の萎縮」というレポートでした。断酒会でアルコールといろいろな病気との関連性を勉強しましたが、脳そのものの萎縮という記事を目にするのは初めてでした。

そのレポートにはアルコールによって萎縮した患者の脳と健常者の脳をMRIで撮影した画像が並べて掲載されていたのです。さらにレポートには、萎縮した脳細胞を増やすことも可能であるいう記述もありました。

私は、断酒で覚醒されていた頃のことを思い出し、あの小学生に戻ったかのような心身の健康状態は、偶然ではなく断酒による効果であることを確信しました。

私は医者ではないので医学的な解説は避けますが、興味のある方は、「アルコール 脳 萎縮」などのキーワードで検索してみてください。たくさんの記事がみつかるはずです。

話が逸れましたが、人生がボロボロになった私は再び断酒を決意し、覚醒を目指すことにしたのです。

これより先は、アルコール依存症ではないけれど断酒したいという方のみご覧ください。

4. 断酒の続け方の基本

  1. アルコール類のTVコマーシャルを観てはいけない

    アルコール類のTVコマーシャルは本当によく制作されています。何気なく観ているだけでも簡単に潜在意識を持って行かれ、気がついたらコンビニのショーケースの前に立っていたなんてことがごく普通にあります。

    TVを観ていてアルコール類のコマーシャルが始まったら目を閉じましょう。音声は聞こえても映像を見ないだけで大分ちがいますが、耳をふさぐともっと効果的です。同様にアルコールが出てきそうなドラマやDVDも観ないことです。

    意志が強いとか弱いとかの根性論で解決できる問題ではなく、生理学者イワン・パブロフの実験によって発見された条件反射(パブロフの犬状態)に関する生理的機能を利用されないようにするための基本的スキルです。

  2. 家の中からアルコール類をなくす

    冷蔵庫の中の缶ビールやワインと缶チューハイ、フード・ストックの中の日本酒や焼酎、飾ってあるウィスキーなど、家庭内にあるアルコール類を全て処分します。

    ご近所や友人に配るなり、ヤフオクに出品するなりして、自分の世界からアルコールの存在を消します。突然訪れる「飲酒欲求の発作」が起きたときでも、簡単に挫折しないようにするためです。

  3. 必要なとき以外はコンビニへ行かない

    断酒に興味の無い方は、まったく気にしていないかもしれませんが、コンビニ店内のアルコール類の絶妙な陳列方法によって、断酒上級者でも簡単に潜在意識を持っていかれてしまいます。

    立ち止まってショーケケースの中の缶チューハイをじ〜っと見つめてしまったら、数秒後にはガラスの扉に手をかけていることでしょう。

    そのとき背中側の棚にはおつまみ類の袋が、買いやすい絶妙な価格でぶら下がっているのです。断酒を決意したら、絶対にあのエリアに近づいてはいけません。

  4. スーパーの酒類売場には近づかない

    スーパーの酒類売場は、コンビニほど潜在意識を持っていかれることはありませんが、特売には気をつけなくてはいけません。

    通常は1,280円で販売されているチリ産のワインが980円で特売されているようなときに、「やっぱ、断酒はこれを飲んでからでもいっか〜」と簡単に挫折します。スーパーへ行っても酒類売場には近づかないようにしましょう。

    また、スーパーの駐車場に軽トラックで出張販売にきている焼き鳥屋にも注意が必要です。風の方向によって、あの超芳しい焼き鳥臭をもろに嗅いでしまうと、自分が断酒している目的をあっさりと忘れてしまいます。

  5. 飲み会に参加しない

    「断酒しているのに飲み会に行かないのは、当たり前でしょ」と思われるかもしれませんが、なかには断酒が定着してくると、「酒は飲まないけど、飲んでる雰囲気は好き」という理由で、「烏龍茶しか飲まないから大丈夫」と言って、自分を試すために飲み会に参加する方がいますが、私はお薦めしません。

    たとえその日は烏龍茶しか飲まないで帰って来ることができたとしても、友人や同僚が飲んでいるイメージが潜在意識に焼き付いてしまい、直後に挫折してしまうことがあるからです。

    人は人。私たちは自分の人生にとってもっと楽しく有意義な時間を過ごすべきです。

  6. 知識をつける

    断酒を始めたら、ネットや書籍で「アルコールの人体に対する影響」や「アルコール依存症の実態」などの記事を定期的に読むようにします。

    特にインターネットには一般の人でも理解できるようにわかりやすく解説した記事が多く公開されています。厚生労働省や大手酒造メーカーのホームページもたいへん参考になります。

    前述の項目は主に潜在意識に影響を受けないようにするための対策なのですが、顕在意識で自分の頭で納得して、「自分は酒を飲まない人生を選択したんだ」という信念をもつことも大事です。

    自分の顕在意識と潜在意識の両方を管理して、はじめて断酒を続けることができるのです。

  7. 他人を断酒に誘わない

    誰だって他人から「飲め」とか「飲むな」とか言われたくありません。あくまでも断酒は自分の勝手です。覚えた医学的な知識を医者でもない人が、他人にひけらかすのもやめた方がよいでしょう。

    地球上の歴史からみても、酒を飲める大人が病気でもないのに、酒を飲まない生き方を選択することの方が特別であるということを認識してください。

    ちなみに私は、断酒を表明した途端にうわさを聞きつけた先輩から呼び出されて、こってり飲まされたという苦い経験があります。

  8. 空いた時間をどうするか

    今まで晩酌あるいは同僚とハシゴ酒をしていた時間がまるまる空くのですから、断酒の初期段階ではやることがなくて、どうしていい分からなくなってしまうことがあります。

    読書をする、資格の勉強をするなど上級のコンテンツを代替として持ってくることも考えられますが、まだ完全に酒が抜けきっていない段階では、集中して活字を読める状態ではないことが往々にしてあります。

    私個人の体感ですが、完全にアルコールが抜けるには3ヶ月くらいかかるのではないかと思っています。読書を始めても酒のことが気になってイライラしてくるような場合には、単純に「掃除」にはげむという方法もあります。

    台所、冷蔵庫の中、風呂場、トイレ、納戸、押入れ、本棚、引出しの中、アルバムの整理、CDやDVDの整理、机の後ろでぐちゃぐちゃに絡まったパソコンのケーブル、夜間に掃除機をかけるのがはばかられる場合は窓ふき、ベランダ、庭、玄関、マイカーの手洗い洗車などなど、やるところはいっぱいあると思います。

    ちゃんとやればとても1日では終わりませんから、数日から数週間かかるかもしれません。掃除したところがスッキリした爽快感と体を動かした疲れで毎晩よく眠れるはずです。

    前述は私の例ですが、自分に合った時間の過ごし方を発見してみてください。あまり難しいことはせず、単純作業をするのがコツです。

  9. 眠れないときの対策

    寝酒を習慣にしていた人が、いきなり酒をやめると最短でも3日くらいは入眠しづらくなることがあります。

    そういう場合は、YouTubeで「入眠誘導瞑想」というようなキーワードで検索すると、ヒーリング系の語りかけで、優しく入眠に導いてくれる音声主体の動画がいくつか公開されています。

    目が冴えてしまって眠れない方は、利用してみる価値はあると思います。中には「夢を叶えるための誘導瞑想」や「セルフ・イメージを高める誘導瞑想」というようなものもアップされているようです。

    それ以外にも私は、日中5km以内であればマイカーを使った移動をやめて、自転車に乗るようにしました。適度な疲れが入眠に導いてくれますし、1週間くらい過ぎると、酒を飲んでいた時より深く眠れるようになります。

    長期間アルコールを抜いて爆睡した翌朝がどれほど気持ち良いものなのか、体験したことのない方には想像できないと思います。

  10. 酒造メーカーや酒そのものを非難しない

    断酒を始めたからといって、酒そのものや酒造メーカーを非難してはいけません。

    酒は日本古来、神事に用いられてきた大切な文化遺産です。酒をやめても自分にとっては古代の文化遺産として、リスペクトする気持ちを持ちましょう。

    「昔、人々は酒といういものを飲んでいたんだよな〜」と思えれば、断酒している行為自体を進化と取ることもできます。

    酒は決して悪くありません。たまたま神様が自分の体には、合わないように創っただけです。

以上が私流の「アルコール依存症(連続飲酒状態)でない人」が断酒を続ける際の基本スキルです。(アルコール依存症の方は病院へご相談ください)

断酒を始める前にアレン・カー氏の著書「禁酒セラピー」を読んで、「最後の一杯」を飲んでから始めてもよいと思います。実は私も酒が完全に抜けきっていない状態では意志が弱くて、なかなかスタートできませんでした。

断酒の続け方の基本は長年の経験で身につけたのですが、スタートを切る方法に、「これだ!」と言えるものはありません。一時的な代替の飲み物として、私がお薦めするものがありますが、体質に合わない方がいるかもしれませんので、次の飲み物は合う方のみお試しください。

まず大きなグラスに氷を入れて炭酸水(水と炭酸のみで製造された飲料水)を注ぎます。そこに100%のレモン汁をティースプーン約1杯程度入れるとレモンサワーそっくりの飲み物「なんちゃってサワー」が出来上がります。私はノンアルコールビールよりも本物に近い味とのどごしがする飲み物だと思っています。

もちろん一切アルコールは入っていません。これをつまみと一緒に気がすむまで毎晩飲んでいるうちにアルコールが抜けてきて、スムースに断酒に入れることがあります。

ただし、水と炭酸だけでつくられているから人体に悪影響はないと私は思うのですが、炭酸が体に悪いと考えている方もいらっしゃいますから、そういう方にはお薦めしていません。ちなみに炭酸水はソーダ水ではありませんので、お間違えなく。

5. 順調に続く断酒の日々

断酒を決意した私でしたが、「今夜飲む缶チューハイで最後。あしたからはきっぱりと断酒だ!」と思っても翌日になると、「ん?そういえば最後にワインを飲んでおかないと、途中で挫折するかもしれないな〜。よし!今夜飲むワインが最後。あしたからきっぱりと断酒だ!」という具合になかなかスタートがきれません。

そこで、なんちゃってサワーのお世話になるとこにしました。つまみはピーナッツと冷奴だったと記憶しております。なんちゃってサワーを1晩気がすむまで飲んだら、翌日はもうそのまま断酒に入っていくことができました。

酒が抜ければ抜けるほど意志は強くなります。1ヶ月過ぎても3ヶ月過ぎてもまったく飲みたいとは思わなくなりました。

説明が難しいのですが、「酒を我慢している」という精神状態ではありません。我慢している精神状態では、いずれ挫折することは明らかです。でもやっている事は我慢のようなものですから、外部からは矛盾しているように映ると思います。

上手く言えませんが、お金を貯めるために無駄遣いせずに貯金をしているような感覚かもしれません。貯金をすることは良いことだと頭で理解していますから、無駄遣いが出来ないからといってストレスになることはありませんよね。そんな感覚に近い気がします。

その頃の私は、床に就いたら10秒で入眠、朝まで目が覚めない深い眠り、顔のむくみが取れ、徐々に引き締まってきたウエスト、風船のように軽い内蔵、パソコンの文字がくっきり見えるようになり、自転車で50km走っても疲れない体力が付いていました。

私は人生において、もう二度と酒を飲むことはないだろうと思っていました。

6. 五ヶ月でスリップ(断酒挫折)

ところが断酒して5ヶ月ほど経って、仕事で満足のいく成果が得られた日の晩のことでした。

こういう達成感のあった時というのは、過去に打ち上げがあったり、一人で祝杯を上げたりする感覚が体の中に残っています。普通に生活している時は何も感じなかったのに、仕事の達成感に引きづられて、突然飲酒したいという感覚が体中を支配したのです。

もちろん最初は思いとどまりました。「5ヶ月間断酒した時間を無駄にしてはいけない」「覚醒が少しずつ始まりかけているのにもったいない」と心の中に葛藤が浮かんでは消え、消えては浮かび、他のことが考えられなくなってしまいました。

こうなってしまうと「しょうがない、今日は飲もう。でも今日だけだぞ」という自分でも信じられない言葉が出てきて、とうとうコンビニへ来てしまいました。

もう抵抗する自分はいません。冷えた白ワインを買った私は、「今日はしょうがない」「俺は良くやったよ」「どっちみちこのままじゃ眠れないし」と自分の選択を肯定する言葉が頭の中に次々と浮かびました。

翌朝、久々に胃の重たさを感じながら目を覚ましました。夜中に何回かトイレへも行っています。いつもは朝からスッキリしていた頭も、午前中はどんよりとしています。パソコンの文字もにじんでよく見えません。「飲んでいた頃ってこんな感じなのか〜」と改めて他人の体に入ったような感覚を覚えました。

「もう、絶対に酒はいやだ」確かに日中はそう思っていました。でも夜になるとまた飲みたい感覚が全身を包むのです。体内に残っているアルコールがアルコールを呼ぶのでしょうか。その晩は思い留まったのですが、翌晩は缶チューハイを飲んでしまいました。

危険ですので、これから先は利用規約に同意される方のみ読んでください。

利用規約(無料)

これからの内容は、心の中に「酒を飲みたい」という欲求が現れたときに、強烈なイマジネーションの力を使って欲求を消滅させるテクニックが書かれています。

「酒を飲みたい」という最強レベルの欲求を消滅させるためには、それを上回る強力な方法でないと効果はありません。

「マズローの5段階の欲求」に飲酒の欲求は取り上げられていませんが、一旦飲酒の欲求に取り憑かれてしまった人は、配偶者、親、子ども、親友、上司、医者などの自分にとって大切な人々から説得されてもやめることのできない「人間にとって最強レベルの欲求」です。

この強力な欲求を撃退するために、「ネガティブ・イマジネーション」という手法を使います。

「ネガティブ・イマジネーション」はグロテスクなイメージを含んでいますので、人によってはトラウマにならないとも限りません。また、たとえ酒をやめたくなくても、読んでしまえば二度と酒が飲めなくなってしまうかもしれません。

このサイトの作者は何があっても責任を負うことはできませんので、それに同意できる方のみに読むことを許可します。

作者:ヒース・レイカー

7. ついに飲みたくなくなる方法を発見

つい数日前がどんどん遠ざかっていくような敗北感に包まれていました。

それでも日中は「今夜は飲まないぞ!」と確かに決意しているのです。しかし、日が暮れるにつれ「今夜飲む酒が最後だ。明日から断酒再開だ!」という自分でも信じられない思考をしているのです。

私はこれまでの人生において30日間の完全断食(だんじき)を2回、2週間の断食を8回達成していますので、簡単に「意志が弱いから」という問題で考えるべきではないと感じていました。

酒を飲んで起こした数々の失敗、人生落ちるところまで落ちたボロボロの生活、朝起きたときの胃の不快感、「なんとかしなくちゃ」と考えようとしても、ぼう〜っとして深い思考ができない頭の中、よく見えないパソコンの文字、支払いの遅れているコンビニ支払票の束…

どう考えても、いくら安いからといっても、酒なんか飲んでいる状況ではありません。しかし、「酒を飲みたいという欲求」には論理的思考を麻痺させてしまう作用があるようです。

そこで私は、アルコールがまだ体内に摂取されていない段階から論理的思考の麻痺が始まっていることに気づきました。

何かが体内に取り込まれてから、その物理的作用によって変化が起こるのは理解できるのですが、アルコールの場合は、現物を見てもいない、臭いを嗅いでもいない段階から、心の中に突然わきあがってきた想念が、引き返すことのできないくらい強烈な欲求を創造してしまうのです。

水や食料なら摂取しないと生きていけませんが、アルコールは摂取しなくても生きていけます。やはり、生理的欲求とは異質のものといえるでしょう。

別のものと比較してみますと、例えば「寿司を食べたい」「焼き肉が食べたい」という想念が心の中にわきあがったとしても、引き返すことのできなくなるほど強烈ではないと思います。やはり「酒を飲みたい」という欲求は特別なのです。

ある日の夕方、「酒を飲みたい」という想念がわいたときに、イメージがセットになっていることに気が付きました。

まず、いま目の前にない缶チューハイのアルミ容器がカラーのイメージとなって心に投影されます。

それを今は飲んでいる状況ではないことを論理的に頭で打ち消そうとします。5分もしないうちに、今日はやめようという想念に落ち着きます。

しかし、またしばらくすると、コンビニのショーケースに陳列されいる缶チューハイのイメージが心に投影されるのです。まるでパソコンのモニターに焼きついた残像のようです。

このようなイメージとの戦いを繰り返しているうちに、欲求が飽和状態に達して引き返せなくなることがわかりました。

私は、論理ではこのイメージには勝てないということを悟りました。

そのときです!私にあるアイデアがひらめきました。イメージにはイメージを使って撃退するしかないのではないかという考えです。

そこで、缶チューハイのイメージが心の中にわきあがったときに、「その中に入っているものは、美味しい飲み物ではない」ということをイメージしてみることにしました。

具体的にはその缶の中には「深緑色のヘドロの浮いたドブ川を流れる汚水が入っている」というイメージをしてみたのです。すると、とたんに気持ちが悪くなり、それを飲みたいという想念が消滅しました。

次に缶ビールでも試してみることにしました。心の中に缶ビールのイメージがわきあがってきたときには、まだ飲みたいという想念がセットになっているのですが、「その中に入っているのは、病気にかかった牛の黄色くて臭い尿である」とイメージをすると、とたんに気持ちが悪くて飲みたいという欲求は消滅します。

赤ワインのボトル中には、「洗面器いっぱいのゴキブリを潰して絞った赤茶色い汁が入っている」というイメージをし、白ワインのボトルの中には「公衆トイレの和式便器の底にこびり付いた茶色いオリに触れている水」が入っているというイメージをするだけで、飲みたいという欲求はいとも簡単に消滅します。

私は、イメージによってイメージを攻撃し、付随していた想念を消滅させる方法を発見し、この方法を「ネガティブ・イマジネーション」と呼ぶことにしました。

私を何十年も苦しめてきた内なる想念に、こんな簡単な方法で勝利することが出来るとは、思いもしませんでした。

この方法を発見してからしばらく経ちますが、たまに缶チューハイのイメージがぽっと心の中に投影されても、「ネガティブ・イマジネーション」をするだけで瞬時に消滅させることができます。

しかし、私がここで紹介したイメージはグロテスク過ぎて副作用がでるかもしれませんので、もし試される方は自分なりにソフトにアレンジしてください。

そして、どうしても飲酒の欲求に耐えられないとき以外は、むやみに「ネガティブ・イマジネーション」をしないでください。

また、この「ネガティブ・イマジネーション」をダイエットに応用しないでください。拒食症を発症し、命に危険がおよぶ可能性があります。

8. ストレート・タイプ

以上が私の考案した、「アルコール依存症じゃないけど、酒をやめたくてもやめられない人が、酒をやめるためのテクニック(ネガティブ・イマジネーション)」です。

世界中のアルコールによって苦しめられている人々とその家族が、その呪縛から逃れて平穏な社会生活を手に入れることができるようになることを心から望んでいます。

私はアルコールと決別することができましたが、決してそれがゴールではありません。

はるか昔より、成人したら皆一生酒を飲むということが本能に近い習慣となってDNAに刻み込まれている私たちホモ・サピエンスにとって、一度飲酒の快楽を脳に保存してしまった個体が、自らの意志によってアルコールの摂取を遮断した状態を維持すると心身にどのような変化が起こるのかを、自分自身の人生を通して検証していきたいと考えております。

そういうことを考え実践しようとする個体が現れたことは、進化のきっかけではないかと考え、酒もタバコもドラッグもやらない人を「ストレート・タイプ」と呼ぶことにしました。珈琲や紅茶などに、何も混ぜない状態を指す「ストレート」です。

ストレート・タイプは、常に覚醒されています。朝の会議でも昨夜のアルコールが残っていて頭が回らないということはありません。

五感と第六感が鋭敏になっているので、人が考えつかないようなアイデアがどんどん出てきます。常に身の回りは頭の中と同じように整理されていて、心身は浄化され、快楽に溺れることはありません。子どものように眠り、ハンターのように俊敏です。

平常時は、ごく普通に生活していますが、人類に危機がおよぶような問題が発生したとき、身を賭して種を守る役割を与えられた数パーセントの存在です。神は種の多様性としてストレート・タイプを創造しました。

このサイトを訪れたあなたは、もしかしたら「ストレート・タイプ」かもしれません。

Thank you for reading this to the end.

2014-11-16更新:ヒース・レイカー

9. 「つまんない感」が連れてくる「飲みたいくん」との戦い

断酒もうまく続いていて何の問題もないのに、突然、「なんかつまんないな〜」という「つまんない感」に襲われることがあります。

この「つまんない感」は、とてもタチの悪い想念で、顕在化してくると「酒でも飲まないと簡単には消せないかも」という思考におちいりがちになります。例えば…

こんなとき、なんとなく「つまんない感」に包まれて、抜け出せなくなってしまうことがあります。以前なら飲酒して「つまんない感」を紛らわせていたからです。

今回は、この「つまんない感」に襲われたときに現れる「飲みたいくん」に勝つ方法をお伝えしようと思います。

まず、「つまんない感」はどこからやってくるのでしょうか。

極端な例えですが、ジェットコースターに乗っているときに訪れるような感覚ではないですよね。つまり、「大過なく、可もなく不可もなし、平穏無事」というような、一見して何の問題もないような状態のときにやってくるようです。

「あれだけ、さんざんな苦労をしたから酒をやめたのに、何も問題がなくなったらつまんなくて飲みたくなった」

まるで人間の脳は「飽き」を克服するためにトラブルを求めているように感じます。脳がトラブルを求めるのは、進化に必要な本能なのかもしれません。

しかし、自分を成長させるような仕事や人間関係でのトラブルは人生においてはある程度必要かもしれませんが、アルコールの摂取による肉体的、精神的トラブルは二度と味わいたくありません。しかし、それは分かっているのですが…

というような言葉の数々をあなたに囁きかける存在がいることをお教えしましょう。

実は、それはあなたではありません。あなたの中にまだ居座っている「飲みたいくん」というあなたとは別の存在です。

本当のあなたは、酒を飲んでいる頃にはさまざまなトラブルを抱えていたので、それが嫌になり、もっと有意義な人生を送りたいと思って断酒したのですから、真逆の考えを囁くのは、自分ではないと考えてください。あなたは、そんな愚かな人ではありません。

「飲みたいくん」は、あなたが始めて酒を飲んだ時から少しずつ入り込んできて、長期間に渡り居座り続けている、あなたとは別の存在です。

別の存在とはいえ、「飲みたいくん」は、あなたの意志よりも残念ながら強いのです。まともに戦ったら勝つことは難しいと考えてください。

では、どうすれば良いのでしょうか?

言葉は悪いのですが、「飲みたいくん」を騙すのです。がっぷりと四つに組んで戦っても勝ち目のない相手なら知略で勝つしか方法はありません。

「飲みたいくん」が身体の内側で言うことをきかないで暴れまわっているときは、しかたがないのでコンビニへ言ってください。そして、買ってあげてください。

ただし買うのはノンアルコール飲料です。しかも自分の腹がいっぱいになる本数を買ってください。

そしてこう言うのです。「よし、わかった今日は飲ませてやる。ただし、まずこのノンアルコール飲料を買って帰って飲んでからだ。このノンアルコール飲料をつまみといっしょに腹いっぱい飲んで、それでも酒が飲みたかったら、もう一度買いに来てやるから安心しろ」

つまみも好きなものを好きなだけ買ってあげてください。そして帰って、腹が膨れるまでつまみといっしょにノンアルコール飲料を「飲みたいくんに」飲ませてあげてください。

「コンビニへ行って買いたい」という「飲みたいくん」の買物欲求も満たしていますから、ノンアルコール飲料を飲み終わる頃には、再度コンビニへ行くのが面倒くさくなってくるはずです。

この「面倒くさい」という想念は「飲みたい」という想念よりも強いので勝てるはずです。

それでもまだ「飲みたいくん」が暴れている場合には、もう一度コンビニへ行ってノンアルコール飲料を購入し、先ほどと同じことを「飲みたいくん」に言い聞かせてください。

「飲みたいくん」に勝つコツは、最初から彼の要求を全て了承してしまわないこと。「飲ませてやるけど、ただし…」と言って、一旦は了承してあげること。「飲みたいくん」は強いですが、あまり頭が良くありませんので、お腹が膨れる頃にはあなたの知略に騙されて眠ってしまうでしょう。

2014-12-24更新:ヒース・レイカー

10. 自覚しにくい断酒の効果

断酒を継続した結果として体内からアルコールが完全に切れると、徐々に頭が冴えてきて、体中にエネルギーが充満してきます。

しかし、そのような状態は突然訪れるのではなく、変化は植物の成長のようにゆっくりとしたスピードなので、自覚しにくいものです。

例えばある日、ふと、「そういえば、不安が消えてる」とか、「やろうと決めたことが、続けられるようになった」など、自分の変化に気づくことがあるかもしれません。

そんな時は、仕事も上手く行くようになっていたり、人間関係も良好になっているはずです。そして、自然に運動を始めていたりするので、人生が好転していきます。

これまで沢山抱え込んでいた問題が、徐々に無くなっていくのです。

そしてあなたは、人生の多くの問題は、酒が引き寄せていたことに気づきます。

しかし、そういう感覚が常態化すると、断酒をしているありがたみを忘れてしまいがちになります。

そうなると、「今晩だけは酒を飲んでも、明日になったら、また直ぐに今と同じ状態に戻れる」と過信してしまいます。

しかし、一度でも酒を飲んでしまうと、翌日は確実に「普通の人」に戻ってしまいます。

まるでウルトラマンでなくなったハヤタ隊員のような感じです。

「普通の人」というのは、おかしな表現に感じられるかもしれませんが、断酒で覚醒されている側の人から見ると、世の中の人々がそう見えるようになります。

いつも体がだるく、やろうと決めたことは三日坊主で続かず、仕事は鳴かず飛ばずの状態が続き、人間関係や金銭のトラブルを抱え、常に問題が山積している状態に何の疑いをもつこともなく生きていた頃の私は「普通の人」でした。

例え若い頃はそうでなくても、長年にわたり飲酒を続けてきた人は、いずれそうなります。そして、人生とはそういうものであるという価値観を肯定するようになります。

逆に飲酒をやめた人は、エネルギーがフルチャージされたような人間本来の状態に変化するので、脳は覚醒され、身体はアスリート化していきます。

バッテリーを使い切っても一晩眠れば、また100%チャージされます。

飲酒している人は30〜60%程度のチャージしかされませんし、年齢と共にチャージ率は低下していきます。(あくまでも筆者の主観です)

断酒に加えて瞑想や有酸素運動を取り入れると覚醒の深度は更に増します。

どんなに高額な自己啓発セミナーに参加しても、翌日、1週間後、1ヶ月後、半年後と効果は半減していきますし、人生に気づきを与えてくれた本の内容も1年後には、ほとんど覚えていないでしょう。

でも、酒をやめるだけで、あなたは「なりたい自分」になれます。

「◯週間で◯◯になれる!」とか、そんなせっかちな望みも考えなくなります。

短期間で手に入れたものは短期間で失い易いです。断酒の効果はそんなに早くは現れません。

しかし、もし断酒をはじめたなら、あなたの1年後は確実に違う人生を歩んでいることでしょう。

普通の人が日常的に問題を抱え、ぼんやりとした頭で仕事をしている中で、完全覚醒した人の業務遂行能力は、スーパーマンの様に映ることでしょう。

しかも、断酒している人は見た目も若々しく、消化器系。循環器系、肝臓をはじめとする内蔵の状態がとても良好なので長生きもします。

更に計画的な断食(だんじき)を人生に取り入れれば、体は細胞レベルから子供に戻ったような状態になります。

もし、あなたが断酒を継続されていて、何も問題がない状態、むしろ問題を課題として楽しんでいる状態でしたら、それは確実に断酒の効果です。

嫌いな人や苦手な人がいなくなり、いつの間にか金銭の問題も解決し、将来に対する不安が消え、希望に満ちた毎日を送っているとしたら、あなたは、ウルトラマンかスーパーマンになっているのです。

だけど、今夜だけ飲んでも、すぐ元に戻れるなんて過信しないでください。

もし、誘惑に負けてアルコールを飲んでしまったとしたら、明日の朝は早起きできず、胃の重たさと共に目覚め、どこからやって来たのかわからないネガティブな感覚に包まれることでしょう。

あんなに冴えていた頭のキレはなくなり、日常の業務をこなすだけで手一杯で、余裕がなくなります。

試してみても良いですが、現在の覚醒された状態に戻るには、また長い日数が必要になります。

2015-2-1更新:ヒース・レイカー

11. ニュートラルな感覚

私は今まで、「いつもポジティブでなくてはいけない」という一種の強迫観念のようなものと一緒に生きてきました。

ちょっとでも落ち込んだり、ネガティブな感情に包まれたりすると、「前向きに考えなくちゃいけない」、「ポジティブな状態でなければ、自分のベストパフォーマンスを引き出すことはできない」と考えてきました。いろいろな場所でそんな話を聞きましたし、自己啓発書の多くにも、そのような事が書いてありました。

私は特に疑いもせず、この「ポジティブ崇拝論」をずっと信じてきました。

だから気分が晴れないときは、映画館へ行ったり、DVDをレンタルしてきたり、書店で弱い心を救ってくれそうな本を探したり、目的もなくドライブに出かけたり、「たまには美味しいものでも食べて元気を出そう」と奮発して外食してみたり、スーパー銭湯へ行ってサウナで汗を流すとか、マッサージをしてもらうとか、とにかく年がら年中、ストレス解消という行為を無意識的に行っておりました。

だいぶ前にどなたかが「ストレスは20世紀最大の発明である」と言っておられたことが思い出されます。

例えば江戸時代だったら、人々にはストレスという概念がありませんから、「ちょっと元気がないだけ」とか「男ならグジグジしてるんじゃねぇ!」とか、そんな事で済んでいたのかもしれません。

しかし、ストレスという概念が世の中に出た途端に、あらゆる産業がストレス解消を商品に変えていったのです。

音楽や芸術に始まり、旅行やスポーツ、ボディケア、サプリメント、医療、食事、住居、ファッション、自動車…あまりにも多岐に渡るため、ちゃんとカテゴライズして書くことができませんが、とにかくありとあらゆるものがストレス解消に関わっているのです。

それを後押ししているのが、「常にポジティブな状態でないといけない」という社会的な脅迫観念です。

当然、私も疑いませんでした。が、しかし断酒が定着してしばらくしたある日、私は今までとは違う感覚の中にいることに気がついたのです。

それは「ニュートラル」としか表現しようのない感覚でした。

文章で表現するのはとても難しいのですが、ポジティブでもネガティブでもない感覚です。あるいは、ポジティブとネガティブが混在していて、中和されている状態なのかも知れません。

その心理状態を季節に例えるなら、5月とか10月の木綿の長袖シャツ1枚とジーンズだけで暑くも寒くもないような、春とか秋の短い期間のような季節です。

もし、ネガティブな心理状態を冬と例えるなら、ポジティブな状態は夏と例えることもできます。

そんな考えに浸っているうちに、タンクトップと短パンでいるのがポジティブな状態で、その服装で少しでも寒いと感じたなら、「これはマズイな」と思って直ぐ暖房を点けるような事をしてきたのではないかと思ったのです。

でも、前述のように一年のうちにごく短い期間ですが、暖房も冷房もいらない時期がありますよね。心もあの状態で良いのではないのか、いつも夏じゃなくてもよいのではないのかと、ニュートラルな感覚を体験して思ったのです。

断っておきますが、ニュートラルな感覚は、無関心や無気力とは違います。自分の目標や目的がはっきりわかっていますし、突然全ての問題が消えたわけでもありません。

ただ以前の様に、「問題=嫌なこと」と思うのではなく、どう行動すればその問題が解決するのかを理解しているような状態です。それ自体が既に問題と言えるのかどうか分かりませんが、以前の私なら問題ととらえていたような物事です。

すると、年がら年中ストレス解消にお金を使ってきたことが本当に必要だったのかと考えるようになりました。

「問題があると気分も晴れないから萎縮して行動にブレーキがかかってしまうので、無理矢理にでも前向きに考えられるようにストレス解消をして気分を高揚させることが自己実現するためのテクニックである」というのは本当なのかということです。

全世界には70億の人々が、それぞれの考えで生きていますし、現在の地球自体が宇宙の歴史を考えると比較的安定している一瞬なので、何も問題がおきないという状況は現実的にはありえません。

問題は生きている以上、一生無くならないのです。ということは、一生ストレス解消をしていかないと生きていけないということになります。

心が、いつも夏休みに旅行しているような状態でいなければ、ベストパフォーマンスを引き出せないのでしょうか。 そもそもいつもベストである必要があるのか。 ネガティブとは悪いことなのか。

昼があれば夜があるし、日向があれば日影もある。どちらでも一定の成果を出せるようになるのが最良の状態ではないのか。いつも三角すいの頂点でヤジロベエしながら生きているより、平な大地に降りてどっしりと座って生きればいいんじゃないかと思ったのです。

これがニュートラルな感覚です。

だから、無関心や無気力ではなく、木綿のシャツとジーンズだけで暑くも寒くもないような心の状態をニュートラルと表現しました。上手く伝えにくいのですが、「静かなる至福」とでも言いましょうか、なんとなくそんな状態です。

薬もサプリメントも入りません。

好きな監督や俳優の映画を観て涙を流すこともありますし、欲しいな〜と思う品物があったりもします。

でも、今日は朝から信号が全部赤だなと思ってもイライラしないし、うっかりテーブルの上のコーヒーをこぼしてしまっても、「チッ」と思ったりしないのです。

きっと神様がこの先で起こるかもしれない交通事故に、私が遭遇しないように調整してくれているんだな」とか「キーボードの上にこぼさなくて良かった。いつも運が良いよな〜」と、決して無理してではなく、自然に思えるのです。

これはニュートラルな状態だからであって、ネガティブかボジティブに振れていたら、そうはとらえられないと思います。例えボジティブな状態であっても、ヤジロベエがいつ反対に振れるかもしれない不安定な状態だからです。

私はニュートラルな感覚が自覚できたときに、初めて断酒に感謝という気持ちが湧きました。

私はもう、「ネガティブな感情に包まれたら、気分を高揚させて無理やりポジティブな状態に持っていく」という心のドーピングをする必要がなくなりました。

ニュートラルな感覚は、断酒無しでは到達できない世界だと私は信じています。考え方を変えてニュートラルな感覚にするのではなく、体の奥からそういう感覚が自然に湧き上がってくるからです。

飲酒を続けている限りは、常にポジティブとネガティブを行ったり来たりする人生になることでしょう。

2015-2-16更新:ヒース・レイカー

12. 「魔が差す」の研究-1

「生徒や父兄からの信頼も厚かった校長先生が万引きで逮捕された」とか「勤続○○年の警察官が落とし物として届けられた現金を着服して逮捕された」というような記事や報道を目にすることがありますね。そんなとき被疑者が決まって口にするのが「魔が差した」という言葉です。

同じように社会的信用のある大学教授や報道関係者が「魔が差した」という動機で、痴漢や盗撮で逮捕されたこともありました。

そんなニュースに触れたとき私は、「えぇ〜!魔が差しただけで数百円の商品を万引きして、仕事とか地位とか退職金とか、はてまた人生まで棒に振っちゃうのぉ〜!ありえない!」という感想を持ちました。

しかしあるとき私は、一般の人々(私も含めてですが)はこの「魔が差す」という言葉を、どこか他人事のように軽く考えているのではないかという疑念を持ちはじめました。「魔が差すなんて自分にはありえない」というのが私たちの通常の感覚ではないでしょうか。

しかしどうでしょう。連日テレビニュースで報じられる殺人事件の多くが、プロの殺し屋や凶悪犯の犯行ではなく、一般人同士が起こしている事件だということに気づきませんか?

「つい、カッとなって妻の首を絞めてしまった」「別れ話のもつれから、刃物で刺してしまった」「道ばたで口論になり、殴ったら死んでしまった」などなど、私たちと同じごく普通の人々が起こした事件の報道を目にしない日の方が少ないくらいですから、改めて考えるとその多さにびっくりしてしまいます。

幼稚園に通い、小学校に上がって勉強し、中学、高校へと進み、受験勉強をして大学に入り、就職して結婚し、マイホームを建て、人生良いこともあれば悪いこともあったでしょう。

しかし、いくらなんでも殺人を犯してしまったのでは、取り返しがつきません。殺人ほどではないかもしれませんが、社会的地位のある人が万引きや痴漢で受けた汚名を簡単にはらす事はできません。

それなのに、「魔が差す」という心理状態は、「今まで生きてきた人生を棒に振ってしまうかもしれない」というリスクを考える余裕すら与えないくらい強烈な衝動だということです。

凶悪犯が殺人を犯すというより、普通の人々の中にある「魔が差す」という衝動が殺人を犯してしまったと考えるなら、私たちは誰でも殺人者になりうる可能性があるということです。

実はなぜこのような話をしたのかと申しますと、私自身が「魔が差した」と思われる経験をしたことがあるからです。それも一度や二度ではありません。そう、断酒時のスリップ(挫折)体験です。

「飲酒で散々な目にあってきたから断酒したはずなのに、ここで飲んでしまえば元の木阿弥になると心の中で葛藤した。だけど、結局飲んでしまった」という場合はまだ救い用があるかもしれません。

しかし、そんな事を考える余裕すらなく、「気がついたら飲んでいた」という場合は魔が差していたとしか答えようがありません。

20歳以上の飲酒は合法ですから捕まらないだけであって、もしそれがアルコールではなく別のことであったらと、自分自身の行動を空恐ろしく感じました。

普段の私は痴漢に間違われることすら避けたいと思っているので、電車に乗るときは私物を全部鞄に詰めて網棚の上に起き、万歳状態で吊り革につかまっているくらいの慎重派ですが、こんな私でも間が刺してしまうことがあるのでしょうか。

そもそも「魔が差す」とは何なのでしょうか。人間が魔が差した状態にあるとき、理性でコントロールすることはできるのでしょうか。

「もしかしたら、人のひとつひとつの行動は、それが犯罪ではないだけであって、常に魔が差した状態とそうでない状態を行ったり来たりして生きているのではないか」とすら思えてきます。

「今朝、今日からダイエットしようと思ったのに、昼にはラーメンを食べていた」とか、「今日は怒らないようにしようと思ったのに、つい怒鳴ってしまった」とか、「今月から貯金しようと思ったのに、月末には財布の中が空だった」などなど、よくよく考えた末の行動ではなく、「気がついたらやっていた」というようなことは、魔が差した状態に似ているのではないかと思ったのです。

禁煙に挑戦されたことがある方なら、その心理状態を理解していただけるのではないでしょうか。

人は誰でも前例のようなことを完全にコントロール出来ないことを知っています。極論を申しますと、神以外は魔が差すことがあるということです。

あなたは(私も含めて)、今まで魔が差さないで生きてこれたら、どんな人になっていたのでしょうか。例えが変ですが、ロボットでもない限り、人生を完全にコントロールするなんて不可能です。

結局断酒を初めても、この「魔が差す」という心理状態を克服しなくては、その継続は困難であると私は思います。

次回は、この「魔が差す」という心理状態から脱出する方法をお伝えしようと思います。

2015-4-10更新:ヒース・レイカー

13. 「魔が差す」の研究-2

断っておきますが、私は医者でも研究者でもありません。体内で起きている現象をモニターし、データを記録できるような研究施設も持っていません。

従いまして、お伝えできるのは、あくまでも「断酒、禁煙、断食、瞑想」を20年以上に渡り、自身を被験者として取り組んできた結果導きだした私の主観的な考えです。(断食時には体組成計でデータを記録しています)

研究者でないからといって、私の取り組んできたことをこの場でお伝えすることが決して無駄になるとは思いません。

例えが飛躍して申し訳ありませんが、第二次世界大戦を研究している研究者の論文を読むだけではなく、実際に戦争を経験した方の話を聞く事はとても重要であると思うからです。

私の経験が世の皆様のために役立てれば幸いだと考えております。

あるとき私は、「精神の品質管理」というキーワードに辿り着きました。

精神の品質管理=脳の品質管理=体の品質管理=人生の品質管理

2015-5-12現在、ネットで「精神の品質管理」と検索しても大手自動車メーカーのサイトを筆頭に、工業製品の品質管理に関する情報がずらりと並んでいますので、多分そういう考え方は今までなかったのかもしれません。

まず「精神の品質管理」をしていない状態から説明しますと、例えば、雑草の生い茂った荒れ地を想像してください。これが「精神の品質管理」をしていない人のメンタルだとします。

「精神の品質管理」をしていないのに、自己啓発を受けたり、何かに感化されて新しいことを始めるのは、雑草の生い茂った荒れ地で野球をすることと同じではないかと気づいたのです。

ホームベースは地中に埋まり、ファーストベースはススキに隠れ、ピッチャーマウンドは薮の中という状態で野球を始めたらどうなるでしょう。

辛うじてベンチからバッターボックスまで辿り着くことが出来たとしても、闇雲にバットを振り回すことくらいしかできません。

薮の中から投げられたボールにまぐれで当てることができたとしても、さて何処へ駆け出していいのかもわかりません。

やはり、雑草を全て取り除いて平に整地し、きちんとラインを引いて、各ベースを露出させて初めてまともな草野球ができるのではないでしょうか。

人生においても、自身の精神をこのグラウンドのように管理していないのに、何か新しいことを始めるのは、目標(ホームベース)に辿り着けないことを意味しています。

「ダイエットが続かない」「資格の勉強も続かない」「貯金ができない」「酒がやめられない」「タバコがやめられない」というのは、「精神の品質管理」をしていないからだと考えたのです。

まず新しいことを始める前に「精神の品質管理」が必要であり、一旦「精神の品質管理」を初めてしまえば、野球場をサッカー場に変えたり、コンサート会場に変えたりして、どんどん新しいことが出来るようになります。

「精神の品質管理」が出来ているベストな状態とは、グラウンドキーパーの方々が毎日整備し続けた結果、芝、土の状態が良く、ゴミ一つ落ちていない状態が維持されている競技場だと思ってください。

では、あなたの精神をそういう状態に近づけるにはどんな方法があるのでしょうか?

私の経験では、20数年前に出会った「瞑想」がまずその一つであると確信しております。

私は20数年前にある書籍を読んだ事がきっかけで、世界的な規模で組織されている瞑想センターに通い始めました。ポール・マッカートニーさんも同じ教義の瞑想を50年近く続けておられます。

しかし、このホームページは特定の流派の瞑想教義の宣伝サイトではありませんし、座禅でも同じ効果があると考えていますので団体名を記載することは差し控えたいと思います。

瞑想している状態がどんな状態であるかは、瞑想をしてみないとわかりません。実際に初めて瞑想をしてみると、様々な想念が次々に湧き起こってきて瞑想に集中できない自分に気づかされます。これが荒れ地に雑草が生い茂った状態です。

「頭の中が整理されていないと感じる」「物事に集中できない」「幸せになりたいけど、何から手を付けてよいのかわからない」というような方は、薮の中で先も見えずに彷徨い歩いているような状態なのかもしれません。

しかし、瞑想が上達してくると数十秒とかからずに至福に包まれたような精神状態に到達することができるようになります。

至福に包まれたような状態とはどんな状態かを言葉で説明するのは難しいのですが、例えばあなたは、学校で授業中に眠くなってついウトウトしてしまい、首が「コクっ」となってしまったという経験はありませんか?

あの首が「コクっ」となる直前の瞬間が、瞑想での至福の状態に似ているのではないかと言われています。

その瞬間の繰り返しが精神を全ての雑念から解放し、グランドを平に、平に、整地していく作業なのです。

私が「精神の品質管理」の一つとして瞑想を強く推薦する理由は、過去に飲酒習慣に戻ってしまった状態で瞑想した時に、明らかに脳波の乱れが自覚でき、瞑想が全くできないという経験をしたからです。

そこで私は「飲酒は瞑想を妨げる」、逆に考えると「瞑想に集中できるのは断酒時である」、さらに「瞑想を続けることによって精神の品質が管理できる」、結果「断酒が継続できる」という法則を導き出したのです。

私も瞑想を始める前は、瞑想をしたことが無い方と同じように瞑想の効果を軽んじて考えておりました。

生まれてから一度も手入れされていない私の「精神=脳」は荒れ放題で、一朝一夕には整備できませんでした。

その後何年もの間、飲酒、断酒、挫折、瞑想、怠け、の経験を繰り返した結果、「瞑想=精神の品質管理」というキーワードに辿り着いたのです。

「魔が差す」の対策にとって「精神の品質管理」が重要であることをお伝えしたかったので、解説が長くなってしまいました。

私は、瞬間的に魔が差してしまうのは、品質管理していない精神から生まれ易いのではないかと考えています。

自分が今、バッターボックスに立っていて、ランナーがセカンドとサードにいる状況が見えれば、次に何をすれば良いかを落ち着いて考えられます。人生を俯瞰できている状態です。

しかし、ススキや薮の中を駆け回っていたのでは、瞬間的に現れた味方でさえもバットでなぐってしまうかもしれません。ここでいう味方とはあなたの人生そのもののことです。

世では、グラウンドの品質管理の重要性を解かずに、競技そのもののテクニックを教えることが盛んです。

しかし、それでは教えられた人を薮の中に放り出すことになり「いつも挫折してしまう自分」を経験させることになります。

さて、「魔が差す」をなるべく回避する方法は他にもありますので、次回はそれをお伝えします。

2015-5-12更新:ヒース・レイカー

14. コラム「ちょっと休憩」

前回の追記で断酒継続に効果的な方法の一つとして「瞑想」を紹介しましたが、読者の中には期待を外された方がいらっしゃるかもしれません。

「もっと即効的で今すぐ断酒に成功して、もう一生飲まなくても済む方法が知りたいんだよ!」と、思われているのかもしれませんが、残念ながらそのような魔法はありません。

飲酒で失敗して断酒を決意し、なのに、せっかく人生が好転してきたのに「少しくらいなら大丈夫」とあっけなく挫折し、そしてだんだんと元の状態に戻り、いつしかまた飲酒で失敗、そしてまた断酒…

そんなことを繰り返しながら、骨の髄まで染み込むくらい断酒したいと願うに至った人のみが、次のステージへ進めるのだと思います。

紀元前から人類を虜にしてきたアルコールをナメてはいけません。そんなに簡単にやめられる方法があったら、こんな文字のみの長文サイトを読む人は、何処を探してもいないでしょう。

そうは申しましても、断酒スキルを数多く持つこともストレートタイプを目指す人にとっては重要なことです。

今回はコラムとして、「ネガティブ・イマジネーション」や「飲みたいくんを騙す方法」と同じように即効性のある方法を二つお伝えしようと思います。

一つ目は、「飲みたい衝動の数を数える」という方法です。

一日の仕事も終わりに近づいた夕方に、ふと「飲みたい」という衝動が起きたとします。そのときに「今日の衝動一回目」と数えるのです。

何故か不思議なのですが、数えることによってその衝動を乗り越えられるのです。「衝動を数に置き換えることによって客観視できる冷静さを取り戻した」というこではないかと私は考えています。

そして、また数時間後に衝動が起きたとします。そのときも同じように「今日の衝動二回目」と数えます。同じように「三回目」「四回目」「五回目」…

結局その日は飲むことが面倒になって眠ることができたら、結果オーライですね。

それでも飲みたいという衝動が消えないときは、「自分で自分にメールする」という方法があります。

PCでも携帯でも好きな方で良いと思いますが、自分のメールアドレスに自分で送信するのです。

送信者は、自分の中にいる「頑張ってるくん」とか「前向きくん」とかいう名前にしてください。決して「9. で紹介した飲みたいくん」には、しないでください。飲みたいくんは、あなたではありませんので論理が破綻します。

宛名には、自分の姓名を書いてください。そして正直に「飲みたい」と告白してください。その後に何故飲みたいのかを書いてください。こんな感じです。

---------------|はじまり|---------------

ヒース・レイカー様

 いつもお世話になっております。
 実は正直申しまして、今、酒を飲みたくて、飲みたくてしかたがありません。
 と申しますのは、ずっと酒を我慢して生活していたのですが、今日会社でとても嬉しいことがあり、なんかこの気分をもっと満喫したいという欲求が抑えられないのです。
 もう○ヶ月も断酒を頑張ってきましたので、今日だけ飲んでも大丈夫という気がします。
 今日だけ飲んだら、明日は飲まないつもりです。
 どうか、私が今晩飲むことを認めてください。
 今からコンビニへ行きたいと思います。
 何卒よろしくお願い申し上げます。

頑張ってるくんより

---------------|おしまい|---------------

すると当然、あなたのPCもしくは携帯に着信があります。

この「頑張ってるくん」のメールに対して、あなた自身が返信してあげてください。こんな感じです。

---------------|はじまり|---------------

頑張ってるくんへ

 メールありがとう。
 よく、正直に話してくれました。君の勇気を讃えたいと思います。
 しかし、せっかく○ヶ月間断酒してきたのにもったいない気がします。
 嬉しいことがあったのは、君が断酒を続けてきた結果引き寄せたことであって、断酒なしでは成し得なかったことだからです。

 また、今晩だけ飲めば、明日は飲まないと言っていますが、体内に残ったアルコールがアルコールを呼び、必ず明日も飲んでしまうと思います。
 飲まないとストレスが溜まるというのは思い違いであって、飲むからストレスが溜まるのです。
 今からコンビニへ行って酒を買うことに何の意味がありますか。

 せっかくお金を出しても、全部オシッコになって流れていってしまうのですよ。
 どうか酒を飲まずに、これからも自分の脳や身体を労ってあげてください。
 君の今後を期待しています。

ヒース・レイカーより

---------------|おしまい|---------------

と、友達や後輩を諭すように、断酒を続けた方が良いと思っていることを正直に書いて送信してあげます。

それを着信してまた読みます。読んでも飲みたい気持ちがまだ消えていないときは、その気持ちを正直に返信します。

そして、それに対してまた返信します。

結果、酒を飲みたいという一時的な衝動から正気に戻って、飲みたくなくなれば飲まないでしょうし、逆に論破されてしまえば飲んでしまうのかもしれません。

しかし、衝動的に手のつけられなくなっている飲酒欲求から、一度冷静になって自分の衝動を客観視するには、とても有効な方法です。

人は自分のことだと見えなくなってしまいますが、案外、他人の事は冷静になって良いアドバイスが出来たりするものです。

飲みたい気持ちも、思い留まろうとする気持ちも、どちらもあなた自身の気持ちですが、「頑張ってるくん」を擬似的に他人役にします。

二つの自分をはっきりと分離して、建設的にディベートさせてみるのも面白いですよ。

断酒を始めたのに挫折しがちという方は、一度試してみると良いかもしれません。

今回は衝動を数える方法「インプレス・カウント」と自分自身にメールする「セルフ・ディベート」をご紹介しました。

2015-5-22更新:ヒース・レイカー

15. 「魔が差す」の研究-3

このサイトをスタートさせたのは2014-11-16でしたが、その約1年前、私は人生の再起をかけて地元商工会主催の異業種交流会に出席することにしました。

名刺とパンフレットを新調し、髪型を整え、久々にスーツに袖を通しました。知り合いから、「出てみたら?」と渡されたチラシがきっかけでした。

もう後が無い私は、「よし、だめで元々!」と腹をくくり、「どんなに小さな仕事でも受注してやろう!」と意気込んでおりました。自己紹介の持ち時間で効果的にアピールするために、スピーチの原稿を書いて鏡の前でリハーサルもやりました。

午後6時前に異業種交流会の会場となっているホールに入ると、主催者である商工会の関係者と講演者、それに一般の出席者が30名ほど着席していました。地元とは言っても、会社を潰して自己破産してから流れて来た土地なので、全員知らない人ばかりでした。

てっきり壇上で自己紹介のスピーチタイムがあるものだと思っていたら、当てが外れました。経営者として異業種交流会に参加していた頃のスタイルは、もう時代遅れなのでしょう。

5〜6人ほどのグループに分けられ、円形にイスを並べて座らされました。自己紹介はその中で3分ほど話す程度で、あとは自由に質問したり、雑談したりする形式で進められたのです。

同じグループの中にひと際異彩を放ってみえる方がいました。名刺交換させていただくと、その方の肩書きは「笑いの伝道師」となっていました。私は心の中で、「なんじゃこりや」と、どん引きしたことを覚えております。

実はまだこの時は、この方との出会いがその後の私に多大な影響を及ぼすとは思ってもいなかったのです。

ここから、現在私が「魔が差す」ということを予防するのに、更に効果的ではないかと実感していることについて紹介していきます。

異業種交流会は5週連続で週1回行われました。回を重ねるごとにグループは入れ替えられましたが、徐々に参加者全員に打ち解けたムードが広がっていきました。私は参加しませんでしたが、交流会の後で飲み会に流れる方々も少なくありません。

そんな雰囲気の中でなんとなく一番気が合ったのが、あの「笑いの伝道師」の方でした。ここでは仮にその方をAさんとします。その方が持っていたチラシには「笑いヨガ」と大きな文字で書いてあり、後ろから前の人の肩を両手で持って電車ごっこのように連なりながら大笑いしている中高年の男女の写真が掲載されていました。

私は見るなり「こういうのに出るのが一番イヤなんだよな〜」と思いました。

ところが、Aさんからちょっとした仕事を依頼されていたこともあり、むげに断るのもなんとなく気が引けるので、「1度だけでいいから、是非参加してみてください」というお誘いを、受けることにしたのです。

ただ私は、その「笑いヨガ」という団体がが新興宗教みたいな組織で高額のお布施を要求されたり、何かを買うように勧められたりしたらイヤだから、その時は暴れてでも逃げて来ようと覚悟していました。まるで10年前に断酒会に初めて参加したときのような感じです。

日曜の朝に会場となっている体育館に行ってみると受付で住所と名前を書かされ、参加費として300円を徴収されましたが、考えていた金額の1/10〜100という安さに拍子抜けしてしまいました。

Aさんはセッションと呼ばれる定例会の主催者で、後で知ったのですが、日本の中でもまだ十数名しかいない「ティーチャー」という訓練を受けた指導者の方でした。

会場には既に15〜16名の中高年というよりは初老の女性の方が集まっていて、それに50代と70代の男性が1名づつ、30代の女性方が2名で、初参加の方は私を含めて3人でした。

開始時間になると、体育館の中央で全員が大きな輪になって中心を向いて立たち、Aさんがセッションの最初に「笑いヨガとは何なのかについて簡単に説明します」と言って話し始めたので、私はその説明をなんとなく「ぼぉ〜」と聞いておりました。

「笑いヨガ」はインドの医者が開発したプログラムで1995年に初めて「セッション」が行われました。

笑いが健康に良いということは、医学的にもずっと昔から知られていたことでしたので、このインドの医者は患者を笑わせる会を定期的に開催し、笑い話や漫談で患者を笑わせていたのですが、とうとう笑いのネタが尽きて困ってしまいました。

ある日苦し紛れに、「笑いのネタはなくても無理矢理に笑ってもらおう」ということを思い立ち、実践してみたら、意外にも患者の表情が笑い話や漫談のときと変わらないという事に気づき、何回か会を重ねるうちに患者の心身の状態を調べてある発見をしたのです。

それは、「本当に笑っても、笑う真似をするだけでも、心身に与える影響はまったく同じである」ということでした。その説明を聞いた時、私に衝撃が走りました。

以前読んだ本に掲載されていた「笑いでガンを完治させた女性の話」を思い出し、頭の中でリンクしたのです。更に説明を聞いて、「子どもは1日平均300回笑うのに対し、大人は1日15回に減ってしまう」ということにも驚きました。何故子どもの時期に1日300回も笑うのかというと、それは脳の成長に笑いが大きく関与しているからです。

子どもは楽しいから笑っているのではなく、成長過程の本能として笑い、じゃれ合い、駆け回って脳を成長させていたのです。そういえば動物の子どもも同じですよね。

ここでも、脳の萎縮についてアルコールが関与していたことを知って、再び断酒を始めた私の考えとリンクしました。

つまり、体の成長が止まった大人でも子どものように笑う回数を増やすことによって、脳細胞が増える可能性があるということです。私は、その後セッションの回を重ねる毎に笑いヨガに関する知識を増やして行きました。

現在、様々な大学で笑いヨガのセッションの前後で血液中のコルチゾールの減少(糖尿病に関係しています)について好結果が示されたことや、NK細胞の増加(ガンの予防や治療に関係しています)が報告されたり、認知症に対して効果があったことなど様々な研究が行われていることも知りました。

たまたま観たテレビ番組で、タレントのオードリーの春日さんが笑いヨガに体験参加してセッションの前後に血液を検査するというコーナーがありました。

すると、約1時間の笑いヨガの後では、セッション前と比べてNK細胞が増えていたという結果を数値を示して伝えていました。また、最近ではNHKの夕方のニュース番組で取り上げられたり、新聞などに記事が掲載されていることもあります。

話を戻しますと、初めて笑いヨガに参加した時、「脳細胞に影響があるのなら真剣にやってやろう!」と決意し、Aさんの指導のもとで、約20名の方々といっしょになって大声を張り上げて笑ったのです。

笑い話のようなネタはないのですが、「○○だと思って笑いましょう」いうプログラムが多数用意されていて、Aさんの号令とともに、一つのネタにつき2〜3分程度大声で笑うのです。可笑しいと思う必要はありあません。

大声で笑う真似をするだけで、体が勘違いして様々な良いホルモンを体内に分泌するのです。それを4〜5回繰り返すと、深呼吸と水の補給タイムが2〜3分程度あり、その繰り返しで約1時間半の初めて参加した笑いヨガセッションが終了しました。

私は、近年体験したことのない全身の疲れと眠たさで、帰宅すると爆睡してしまい、起きると陽が傾いていました。

それでも最初の頃は1回参加すれば、「もう行かなくてもいいかな」と考えていたのですが、2回目、3回目と参加するうちに明らかに自分の心身に対する影響を自覚できるようになっていったのです。

実は、このサイトの「11. ニュートラルな感覚」で「ある日、ニュートラルな感覚の中にいる」と書きましたが、それは笑いヨガセッションに向かって運転してたマイカーの中で気づいた感覚であり、ニュートラルな感覚が断酒だけでなく笑いヨガが大きく関与していることに自分で分かっていたのです。

笑いヨガを初めて約1年経っていました。しかし、ある特定の団体の名前を出すことに躊躇していたので、その時は伏せておきましたが、あれから半年が経ち、今では「笑いヨガ」も怪しい団体ではないということが社会的にも認知され、Aさんを始めとする指導者の方々は、行政から依頼を受けて病院や老人ホームを慰問したりしていますので、今回紹介させていただくことにしました。

笑いヨガは現在、全世界で101カ国に広まっており、日本にはインド直系の団体が3つあります。そこで資格を取得された方々が、それぞれ全国に独自のクラブを立ち上げています。

参加費は会場となる公民館や体育館の使用料を参加者で割り勘する程度で概ね200〜300円程度です。

入会も退会もありませんので、入会金もありません。朝公園でラジオ体操や太極拳をやっている人達と同じようにモーニング笑いヨガをやっているクラブもあります。公園など屋外の場合は無料というところが多いようです。

参加者は子どもに成りきる意味でニックネームで呼び合うのがルール(ニックネームの名札を首から下げる)ですから、職業も肩書きも知りません。そういうものがあるから他人と自分を比べてストレスを溜め込むのです。

ご高齢のご婦人とも「ちゃん付け」で呼び合って鬼ごっこのように駆け回って笑っているうちに、全員がまるで子どもに戻ったような錯覚をおこします。

しかし、笑いは独りでもできますから、皆さんは「何もわざわざ笑いヨガに行かなくてもいいんじゃないか」と考えるのが常識的だと思います。

しかし、試してみると日常大声を出して笑える場所が全くないのです。

自宅でやったら、近所の方が救急車を呼ぶかもしれませんし、会社でやったら「とうとうおかしくなった」と噂を立てられるかもしれません。空き地や公園だって誰一人いない場所を探すのは容易ではありませんし、第一、やろうとしても笑えません。だから、毎週会場を用意してくだっさている笑いヨガ関係者の方の努力がありがたいのです。

どうしたら「魔が差さない」ように生きられるかという答えを述べさせていただきますと、結局頭で考えても予防できることなどはないと考えてます。

日常的に普段から心身のストレスを開放し、精神の品質管理をしていくしか道はないように思います。魔が差しそうになったときに、「えい、や〜!」という魔法は無いのです。

私の近況はと申しますと、性懲りも無く共同で起業した会社の役員に納まり、働きっぱなしの生活を楽しんでます。週末もありませんが、「バイトに来ているオッサン」として20代の正社員に怒鳴られていた頃に比べれば天国のような毎日です。

断酒会といい笑いヨガといい、最初は嫌だなと感じても思い切って飛び込んで行った自分の運の良さに、改めて驚かずにはいられません。

断っておきますが、笑いヨガと断酒はまったく関係がありません。だから、笑いヨガの人達は、私が過去に酒で苦労したことなど、全く知らないのです。

2015-8-24更新:ヒース・レイカー

16. 人類は何故、酒を飲むのか(1)

そもそも、私たち人類は何故酒を飲むのかというテーマに取り組んでみたいと思います。

「大昔に、落ちた葡萄が発酵したものをたまたま飲んだら美味しかったから」というような、酒を飲むようになったきっかけを探る話ではありません。

「人類は何故、同種同士で殺し合い(戦争)をするのか」や「どうして人類だけが飛躍的な進化を遂げたのか、何故ちょっとだけ進化の遅い2番目がいないのか」と同じように、決して答えの出ないテーマです。

厚生労働省のe-ヘルスネットのサイトには、「飲酒は口腔・咽頭・喉頭・食道・肝臓・大腸と女性の乳房の癌の原因となる」「アルコールそのものに発癌(がん)性がある」と掲載されいます。

そのような物質をどうして地球上の人類全体が依存症を引き起こすほど飲みたがるのでしょうか。

あくまでも私の仮説ですが、酒は「進化のブレーキ」の役目をしているのではないかと考えています。

人類は飛躍的に進化し過ぎました。人類の次に知能が高いと言われているチンパンジーは火もおこせないないのに、人類は月にまで到達しています。

未開のジャングルで生まれた原住民の赤ちゃんを日本に引き取って一般の子どもと同じように成長に合わせて学校に通わせれば、流暢な日本語を話すようになると思います。

モチベーションが維持できれば司法試験に合格する可能性もありますし、Jリーガーとして活躍して年棒数億円という選手になる可能性もあります。

しかし、チンパンジーの赤ちゃんをいっしょに育てたとしても、一生「あ」の意味を理解することすらできないでしょう。

この違いはどこから来るのでしょうか?人類以外の動物は何億年も何をやっていたのでしょうか?

いやいや、違いますね。人類だけが突出して進化し過ぎたのです。2番目のチンパンジーと比べても100対ゼロと言っても過言ではないくらい進化しています。

そのスピードは逆放物線を描くように加速度的に進んでいます。その先には何があるのでしょうか。

常識的に、あるいは単純に考えれば滅亡です。夜空に輝く星だって生まれ、やがて滅亡するのです。人類だけが例外という方が考え難いと思います。

アルコールを定期的に飲んでいた人が、数ヶ月〜数年の断酒を継続すると覚醒を自覚する方もいるでしょう。そうなると、世の中のスピードが遅く感じて、じれったく感じるかもしれません。

人類全体がみなそんな感じになってしまったら、滅亡に向けてまっしぐらに突き進んでいるように見えたのではないでしょうか。

「見えたのって誰が?」って思いますよね。神と言ってもいいですし、この宇宙の創造主と言ってもいいと思います。

どんなに進化したって、いまだに「命」の存在の証明はできていませんが、でも「命」があることは万人が認めると思います。その「命」の創造主のことです。

人は酒を飲むと、怠惰になり、だらしなくなり、アルコールが抜けるまでは社会的活動もおろそかになります。人類にとって百害あって一利無しの物質なのですが、進化のブレーキと考えれば私なりに納得がいくのです。

2015-9-11更新:ヒース・レイカー

17. 人類は何故、酒を飲むのか(2)

飲酒を習慣にしている人は、「お酒を飲む機会」を楽しみに待ちながら生活しています。「今週飲み会がある」「今夜、同僚に誘われている」「今日は、大吟醸が手に入ったので家でじっくり味わう」などなど、待ち遠しさすら感じていると思います。終業時間が近づく頃は何となくソワソワした気持ちになっていることでしょう。

しかして、その飲酒の実態はと申しますと、最初の1杯目はのどを通る感覚と美味しさがダイレクトに脳に伝わり幸福感を感じるでしょう。そして、徐々に気が大きくなり、周囲の状況を気にかけなくなって声が大きくなります。やがて、近くの異性にベタベタしだす人もいれば、妙にはしゃいだりする人もいるでしょう。服を脱ぎ始める人も出て来たりします。又は、怒りっぽくなって喧嘩を始める人もいますよね。何の酒を何杯飲んだのか、何のつまみをどのくらい食べたのかなんて覚えていません。時間の感覚も無くなり、延々と同じ話を繰り返し、その場にいない人や上司の悪口に花を咲かせますが、翌日は何の話をしたのかなんて、ほとんど覚えていません。

「酒は適量を守って飲めば健康を害することはない」と言われますが、病気で医者から酒量を制限されている人でもない限り、適量は自分の飲みたい量なのです。酒は飲めば飲むほど自制心を失わせます。つまり、胃や肝臓の丈夫な人は酩酊して寝るまで、胃腸の弱い人や頭痛持ちの人でも、「もう無理かな」というまで飲まないと気が済まないと思います。

さて、翌日はどうなるでしょうか。当然早起きなどは出来ません。出勤に間に合うギリギリの時間まで眠り続け、目覚ましの音で重い体をベッドから剥がします。内蔵は一晩中アルコールの分解に手一杯で、日中の疲れの修復には手が回りません。頭はボーッとしてメヤニだらけの目はかすみ、胃は重たく、便はビチビチです。0:00以降まで飲んでいたとしたら、息もアルコール臭いかもしれません。朝食など食べたくもないでしょう。

出勤してタイムカードを押して席に着いても、同僚にまだアルコールが残っていることを悟られまいとして平静に振る舞おうとしますが、頭が回らず何の仕事をしたら良いのか分かりません。とりあえず職務として決まったルーチンを適当に片付けるのが精一杯で、創造的なことは何もできないでしょう。ようやく午後になってアルコールが抜けて来て、少しはまともに仕事ができるようになりますが、退社後には又、酒が待っているのです。

「資格でも取ろうかな」と思って買って来た「過去問集」などは一度も開かず、いつも部屋は散らかったままで洗濯物は溜まり、料理などはしないので帰宅前に立ち寄るラーメン屋かコンビニの弁当ばかり、やがて腹はベルトループの上に乗るようになって下腹部は見えず、ダイエットなんて三日坊主、10代の頃に憧れていた夢などとっくに諦めているでしょう。

これが飲酒の実態です。TVドラマや映画、小説の中に登場するようなクールな飲み方が出来る人なんて幻想だと思った方が現実に近いと思いませんか。飲酒は人を怠惰にさせ、生活もだらしなくなり、体形を崩し、脳細胞を破壊し、人間関係を壊し、夢を奪います。最悪の場合は人生をも崩壊させてしまいます。でも人はそれを飲みたくて、待ち遠しくてしかたがないのです。

それでは、上記の生活からアルコールを無くしたらどうなるでしょう。退社後に帰宅したら資格試験の勉強を毎晩するようになったり、会社では取引先に提案出来る革新的な企画書を作成したり、工場内の生産性向上のために改善点を提案したり、早起きしてジョギングして爽やかな汗をかいた後にシャワーをしてから出社したり、ピアノやギターやサックスの練習を始めたり、絵を描いたり、小説を書いたり、ずっとやりたかった事業で独立するための準備をしたり、とにかく、やりたいと思っていたことが何でもできるようになります。部屋はいつも片付いていて清潔になり、美味しい料理を自分で作るようになり、身だしなみもきちんとしているので他人からの印象も良くなるので好感度も上がるでしょう。

前述の生活と後述の生活の違いは、たった一つしかありません。それは飲酒の生活を続けるか、酒の無い生活に変えるかです。しかし、世の中が後述したような人々ばかりになってしまったら、どうなってしまうのでしょうか。想像ですが、現在よりもっともっと進化の度合いが加速して人類は30世紀までには銀河系も制覇してしまい、その先の滅亡へまっしぐらに進んでいってしまうのではないかと危惧してしまうのです。30世紀までは、たった千年です。ホモサピエンスが歩んできた歳月と比べると、あまりにも短いです。アルコールは人類にとって、この進化へのブレーキだと私は考えています。

気がついて飲酒をやめる人もいますが、相変わらず飲酒を続ける人がいても良いと思います。それは個人の人生感の問題ですから、他人がとやかく言うことではありません。実は「何故人類は酒を飲むのか」という理由についてもう一説考えていることがあります。それは次回お伝えしたいと思います。

2015-10-10更新:ヒース・レイカー

18. 人類は何故、酒を飲むのか(3)

前回の更新で、人類が酒を飲む理由を「進化のブレーキではないのか」と書きましたが、これには一つだけ疑問が残ります。「下戸(げこ)」と呼ばれる人々、いわゆる全くお酒を飲めない人達は、皆スーパーマン並に優秀なのかということです。もちろん、優秀な人も沢山いらっしゃると思いますが、私の今までの人付き合いの経験から申しますと、必ずしも「下戸=優秀」ではないように思います。飲んだくれてだらし無い人達よりは、まともな人が多いのも確かですが。

では、飲酒経験のある人が酒をやめて覚醒されるのと、元々酒を飲まない人達が必ずしも覚醒されていないという理由はいったい何なのでしょうか。いつものように私の私見なのですが、アルコールには、「進化のスイッチ」の役目もあるのではないかということです。前回、「アルコールは進化のブレーキ」と書きましたが、ブレーキの役目があるのなら、アクセルの役目もあるのではないかと考えたのです。

つまり、酒を飲んだことのない体が飲酒を経験し、ある期間と量に達した時に脳内の「進化のスイッチ」が入るとします。そのまま飲み続ければスイッチはブレーキに変化してしまい、堕落していきます。しかし、スイッチの入った状態で飲酒をやめれば、覚醒状態が続き人類の進化の最先端を走れるスーパーマンになれるというメカニズムです。

ここで重要なのは、「いつ酒をやめるか」ということになりますが、いわゆる「連続飲酒状態」と言われるアルコール依存症になってからでは遅いかもしれません。できれば、自分の意思で酒を断つことのできる状態が望ましいのではないかと思います。一旦アルコール依存症になってしまうと、例え入院やその後の自助グループへの参加などで酒を断つことができたとしても、頭の中は常に飲酒の欲求との戦いであり、進化うんぬんの問題ではなくなるからです。たぶん例外もあると思いますが。

もちろん、いくらアルコール依存症になっていないからと言っても、酒を完全にやめるのは簡単なことではありません。断酒に何回も挫折している私だからこそ、それがどんなに難しいかは良く分かります。このサイトで紹介している断酒テクニックも、本気で酒をやめる気のない人々に効き目はないでしょう。

だから、自分の意思で完全に断酒出来るごく限られた人達は、この宇宙の創造主に選ばれた人達であり、一般の人々とは違う何か特別な使命をおびた人達なのではないかと思うのです。

同僚と会社帰りの付き合い酒、新人歓迎会、歓送迎会、社員旅行、取引先の接待、忘年会、年越し、新年会、花見、花火大会、お祭り、結婚式、通夜、告別式、法事、帰省先、家族旅行、外食、同窓会、バーベキュー、キャンプ、テレビでの野球やサッカー観戦、温泉、サウナ、デート、ゴルフ、晩酌、親しい友人とサシで飲む、先輩と飲む、後輩と飲む、近所の集まりで飲む、お祝い事で飲む、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒、酒…

あなたは、この全てを断ち切って完全に酒をやめられますか。自分の決意だけでなく、様々な社会的圧力をも断ち切って断酒できる人は、やはり創造主に選ばれた人にしか出来ないと私は思うのです。

さて、現在私は40日間の完全断食に挑戦中です。生命の維持のために水と塩のみ摂取しています。30日間の断食は2回経験していますが、40日間は始めてです。主な理由は2つあります。1つ目は、体内の配管清掃です。体の体表面の垢は石鹸でゴシゴシとこすれば綺麗になりますが、体内の細胞と細胞の隙間や細胞内に溜まった体内の垢はゴシゴシと擦るわけにはいきません。その体内の垢を綺麗にするのが断食なのです。台所の流しの下から下水に繋がった配管も清掃しなければヌルヌルの汚れがこびり付きますよね。あの状態が体内でおきているのです。その汚れが詰まって体液の流れが悪くなった先に臓器があると病気を発症したり、同じようにその先に皮膚や髪の毛があったりすると、老化して見えたりします。

そこで、体全体の配管をパイプマン(某社の商品名)でピカピカにしたように清掃すると、血液、リンパ液、酸素を含む体液の流れが良くなれば、各臓器や肌もいつまでも若々しさを保つというわけです。

何故、断食をすると体全体の配管清掃ができるのかというと、栄養を与えられなくなった体内の細胞は飢餓状態に陥り、回りにある自分の体以外のものは、何でも食べ尽くしてしまうからです。ガン細胞などは、真っ先に食べられてしまうらしいです。食べ尽くされた汚れのカスは最終的に腸内に排出され、まるで墨汁のような真っ黒いタール状の便となって体外に排出されます。いわゆる宿便です。

2つ目の理由は、1996年にスコットランドのロスリン研究所で誕生したクローン羊ドリーに由来しています。ご存知の通りDNAには全身の設計図が記録されているはずなのですが、このとき研究者は羊の乳腺の細胞から全身の設計図を取り出して、一匹の羊を誕生させようとして乳腺のDNAに様々な栄養を与える実験を繰り返していました。しかし、どんなに様々な栄養を与えても結局乳腺の細胞からは乳腺しか出来上がらず、諦めてしまいました。しかし、そうして何の栄養も与えずに放置しておいたDNAから、なんと全身の設計図が偶然にも取り出せたのです。そして乳腺の細胞から一匹の羊が誕生しました。それがクローン羊ドリーだったのです。

このクローン羊ドリーの誕生からもわかるように、動物の細胞というのは栄養を与えることだけが活性化するということだけではなく、逆に栄養を与えない方が未知の活性化を引き起こすということを物語っているのです。お腹が空いたら食事を摂る、疲れたら栄養ドリンクを飲む、病気になったら薬を飲む、何でもプラス、プラス、プラスというのが常識ですが、マイナスの理論で細胞の活性化を高め、自然治癒能力を最大限に引き出すのは更に強力なのではないかと、この20年の断食生活で実感しています。

2015-10-25更新:ヒース・レイカー

19. 断酒の先には何があるのか

断酒とは人生の目的地へ辿り着くための一つの手段であって、それが自体が目的地ではありません。

また、酒と戦ってばかりいても、それゆえに常に酒を意識してしましい、酒から離れるのが返って難しくなります。

私は、ライフワークとして続けてきた断食、瞑想、断酒、禁煙、そしてここ数年の間におきた、離婚、倒産、破産、被災、解雇によってギリギリの所まで落ちた後に、あることがきっかけで天職を知りました。

自己啓発書などには、よく「好きなことを見つけなさい」「やりたいことを探しなさい」「そうすれば天職が見つかります」と書いてありますが、それが大きな間違いであることに私は気づいたのです。

「好きなこと」「やりたいこと」は、むしろ天職ではありません。(例外はあります)

「好きでも嫌いでもないのに、何故か生まれながらにして大勢の人達よりも上手に出来る」

「それをしている間は、不安も苦しみもないが、喜びすらもない」

これは、天職を見つける上で重要なヒントです。

私の人生は、常に私にメッセージを送ってくれていたのに、やりたいことに夢中になっていて、私はそれに気づかなかったのです。

人生は天職を教えようとして、あなたにもメッセージを送り続けています。

より多くの人々が、その人生からのヒントに気づけるように「アメブロ」を開設しました。

「私がなぜ天職を発見したのか」といったエピソードも読むことができます。

ヒース・レイカーは断酒マンとしてのペンネームですが、アメブロでは本名を公開しています。

書いてあることは、全て真実です。

「断酒の先に何があるのか」に興味ある方は、私が2016年4月2日に開設したばかりのアメブロもご覧ください。

まだアメブロで、断酒については触れていません。いずれ「ストレートタイプ」も含めて紹介するつもりです。

「ブログの概要」に天職を発見したエピソードが書いてあります。

アメブロ (PCでの閲覧を推奨します)

2016-4-12更新:ヒース・レイカー

20. 断酒用SNSアプリの開発

前回「アメブロを始めました」と報告してから半年が経ちました。

この断酒サイトから流れて来て読者登録して下さった方も沢山いらっしゃいました。

特に読者を増やすソフト(アメーバキングなど)は一切使っていないのに、4ヶ月で読者が1000人を超えたのには、私もビックリ致しました。

このサイトも全然更新していなかったのに、毎月6000以上のユーザーに訪問して頂いておりました。(Google Analytics調べ)

私は改めて酒で悩んでいる人の多さを知り、ある決意を致しました。

PCとスマホで利用できる「断酒SNSアプリ」の開発をします。

ヒントは3年半在籍した断酒会(公益法人 全日本断酒連盟)です。

どうして一人で断酒しても続かないのに、断酒会にいると断酒が続けられるのか?

それは、「仲間がみんな頑張っているのに裏切ることはできない」という良心が人にはあるからです。

人は自分を裏切ることは平気です。

「やっぱり飲んだ方が良い」という理由を、あらゆるへ理屈をこねて作り出します。

ところが仲間がいると、そのへ理屈は通用しなくなるのです。

iPhoneなどの断酒アプリはみんな一人で使うアプリなので続きませんし、断酒掲示板ではすぐケンカが始まってしまいます。

アプリの概要は、利用者はニックネームで登録し、毎日1回以上「飲んだのか、飲まなかったのか」「今の気持ち、気分はどうか」を投稿するものです。

それだけで、開始日からの断酒日数、断酒率、途中で飲んでしまった日以降からの連続断酒日数が全ユーザの目に晒されます。

また、現在の1日の酒代(例:家飲みの人1000円、居酒屋に寄る人3000円、寿司屋通いの人8000円など)を登録しておけば、断酒して貯金できたおおよそ金額も自動計算されます。

そして目玉は、6人組制の導入です。

他人の投稿を読んでいて、「この人のコメントには勇気づけられる」、「この人と自分は状況が似ている」、「見守っていたい」という人がいたら5人まで仲間として登録できるのです。

仲間として登録された人には、誰から仲間登録されたのかはわかりません。数字が増えるだけです。

全体の投稿を表示するのか、仲間だけの投稿を表示するのかは、いつでも切り替えられます。

別の仲間に変えたい場合も、切り替えることができます。

断酒を頑張っていると、仲間として登録してくれている人が増えるので、続ける気持ちが強くなります。

ルールは、「他人の投稿に意見しない」ということです。

完全断酒を目指すアプリではありません。

毎日のように飲んでいた人が、人生において覚醒日を増やすことが目的です。

投稿には、1000日中、覚醒率70%のように表示されるのです。

とりあえずシステム開発費は300万円くらいかかりそうですが、機能の追加があるともっとかかるかも知れません。(たぶんペイ出来ないと思います)

これを月間利用料100円で実現できないかと計画しております。

月たった100円で酒代に使っていた何万円のお金が貯金できれば、将来のために何か出来るはずだと思うからです。

飲酒してから覚めるまでの8時間以上の時間も自由に使えます。

断酒会に入会すると、月1000円の会費がかかります。集会は公民館などで開催され、毎週出席するのがルールです。

一度でも連続飲酒状態(アルコール依存症)になって入院した人は断酒会に参加した方が良いと思いますが、働いていて夜しか飲んでいないような人にはアプリの方が便利だと思います。

ご意見、ご希望などありましたら下記メールアドレスまで送信してください。

「高い、無料にしろ!」などでも結構です。お待ちしております。

アメブロ (PCでの閲覧を推奨します)

2016-10-7更新:ヒース・レイカー

21. 最先端の断酒法「飲む飲む詐欺」とは

断酒アプリは只今開発中ですので、しばらくお待ち下さい。

さて、断酒するにあたって根っこにある基本的な大間違いを指摘したいと思います。

それは、理屈・理論で断酒を始めようとすることです。

「えっ? 何のこと?・・・」

そう思うのは無理もありませんので、具体的な例を示したいと思います。

「もう本当にやらなくちゃいけない!」、「これをやらなかったら、後がない!」、「何が何でもやりとげて、結果を出してみせる!」

誰だって長い人生の中で、そんな風に考えたことが1度や2度くらいはあると思います。

「早くゲームを止めて勉強を始めないと、来年の受験は絶対にやばい・・・」

「マンガを読むのを止めて過去問集を始めないと、2ヶ月後の資格試験は絶対に落ちる・・・」

「もっと取引先を回って注文をもらわないと、今月の営業成績も下位グループから抜け出せない・・・」

「スマホで遊んでないで、早く仕事に取り掛からないと納品に間に合わない・・・」

それをやればきっと望むような結果が待っているはずだし、そのために塾へ行ったり、セミナーに通ったり、自己啓発書を読んで目標を書き出したり、ゴールまでのスケジュールを明確にしたはずです。

「で・・・ やりましたか?」

「やってないですよね〜」

頭で考えたことをやり通せる人は、そもそもこのサイトを訪れていないはずです。

そうなんです。多くの人は理論や理屈では行動できないのです。

仮にできたとしても3日で挫折します。

私達はそんなに進化していません。だから「3日坊主」という言葉が未だに残っているのです。

断酒本を読んだり、断酒サイトを見て回ったりして、自分自身に「いかに飲酒は危険であるかを叩き込めば、きっと俺は酒をやめるだろう」と思ったら甘いです。

人間が「何かを頭に叩き込めば、物事を完遂できる生き物」だとしたら、世の中の人々はみんな豪邸に住んでフェラーリに乗って、ビキニの美女をはべらしてプールサイドでシャンパンを飲んでいるはずです。

断酒したかったら、まず「理論・理屈では、絶対に断酒はできない」と腹をくくるべきです。

理論・理屈が全く無駄とは言いませんが、寿司を食べに行ったときの「ガリ」程度の役割だと思っておいて間違いないです。

では、どうすれば断酒できるのか!

それでは最先端の断酒法「飲む飲む詐欺」をお伝えします。(久々に長い記事になるかも)

詐欺で騙す相手は自分です。

誰かに何かを頼まれたとき、「やらない自分」を思い出してください。

例えば奥さんに、「庭の芝がぼうぼうだから、今度の日曜に芝刈りやって!」と言われたとします。

あなたは、「う〜ん」と、やるともやらないとも言えないような生返事をするかもしれません。

そして日曜になったら、何処か(パチンコ・本屋・サウナ・釣りなど・・・)へ行って(逃げて)しまって芝刈りをやらないと思います。

これは「奥さんから頼まれた芝刈り」の例ですから、自分なりに「同じ様な頼まれてもやらない例」に当てはめてみてください。

子どもから、何かを買ってとせがまれたこととか・・・

最近お腹が出て来たから、毎朝ジョギングした方がいいと言われたりとか・・・

たまには早い電車で通勤して、朝の時間をメールの整理にあてれば1日が有効に使えるという本を読んだりとか・・・

でも・・・ やっぱり、やらないですよね〜

「やらない自分」の存在に気がついて、逆にそれを利用するのが「飲む飲む詐欺」です。

退社の時間も近づいてきて、「今日も飲みたい」という想念が湧いてきたとします。

今まででしたら、「飲むか・・・」それとも「我慢するか・・・」という二つの気持ちが心の中で戦い始めたと思います。

残念ながら戦いが起きた時点で、必ず負けるのが酒との戦いでした。

飲まなかった日は、たまたま別のことに気をとられていたからであって、酒との戦いに勝ったわけではなかったのです。

酒との戦いは止めてください。必ず負けます。

もし、自分の心が「飲みたい!飲ませてくれ〜!」と言い始めたら逆らわずに心の中でこう言ってください。

「はい、はい」、「飲む、飲む」(奥さんに何かを頼まれたときのように生返事感覚で)

「大丈夫だよ、だから〜、飲むっつ〜の」

「わかってるよ、飲むから、ちょっと待ってよ〜」

何かを頼まれたり、やらなくちゃいけないことをやらないときの自分のように、「嫌々の返事」を自分に返してください。

不思議な感覚になると思います。

今までは、あれほど「飲む」「飲まない」で葛藤に苦しんでいたのに、何かが「す〜ぅっと」消えて行く感覚を覚えると思います。

不思議なもんで、「飲むな」と言われれば、どうしても飲みたくなるのですが、許可されて「飲める」となると、実際に飲んだかどうかは別にして脳とカラダが安心してしまうのです。

それでもまた「飲みたい」という想念が湧き上がってきたら、「はい、はい」「飲む、飲む、大丈夫だよ〜」と自分を騙し続けてください。

「人の脳って、こんなに馬鹿なの?」っていうくらい、落ち着いてしまいます。

「はい、はい、飲む、飲む、この仕事を終わらせたら飲むからね〜」

「はい、はい、飲む、飲む、お風呂に入ったら飲むからね〜」

「はい、はい、飲む、飲む、ご飯を食べたら飲むからね〜」

「はい、はい、飲む、飲む、ブログを書いたら飲むからね〜」

「はい、はい、飲む、飲む、仮眠して、夜中に起きて、飲みたかったら飲むから大丈夫だよ〜」

そう言って布団に入ってしまってください。たぶん朝まで起きないと思います。

酒を飲まない分、いろいろなことをやったので疲れているからです。

夜中にトイレに起きても、もう面倒くさくて飲みたくありません。

優柔不断な人は、逆にそれを利用して「飲む飲む詐欺」で断酒できると思います。

(※このサイトでは様々な断酒法をお伝えしていますが、人類は種の保存の法則の一面からくる多様性を持っていますから、全員に当てはまるわけではありませんので色々な断酒法を紹介しています)

ちなみに「面倒くさい」という感覚は、断酒にとってとても大事です。

酒に関しては、思う存分面倒くさがってください。

追伸

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2017-1-29更新:ヒース・レイカー